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58回公演
名古屋淑徳大学
6月で退職された淑徳大学の企画部、伊藤恵美子さんが昨年の「櫻や」での朗読をお聞きになり、大学のセミナーの一環として学生、一般の方を対象に企画してくださった
58回目の朗読会です。伊藤さん退職後、下垣外保子さんが担当となりました。
大学の夏季講座として受講生を募集。会場となった記念会堂の講堂は1000人程はいる大きな講堂でした。参加者17名、定員1000に対して17人では余りにも意味がないことから、いかに使うか思案した結果、舞台に読み手と聞き手を上げて一体感を出そうと計画しました。
朗読空間は6メートルほどの半円形の舞台で、そこに聞き手の方と私が共に乗りました。聞き手の椅子はホールの客席と対峙するように置き、朗読用の椅子は舞台(聞き手)を見るように(指揮者のように)舞台前ギリギリに配置しました。
 朗読を始めるにあたって、最初の導入部の曲(6分)が長すぎるのではないか、照明が説明的過ぎないかと言う指摘を受けていた問題について、杪谷と相談。その結果、最初の曲に関しては、聞き手の方が集中されたと思った段階でフェードアウトする。照明に関しては、朗読と連動するポイントを2〜3カ所とし、後はミニマムな変化で対応するということにしました。
 打ちあわせ通り、杪谷が聞き手の方の集中の度合いを測りながら、曲は3分でFO。企画担当、下垣外さんは「聞き手の方が舞台上で静止して見えました。舞台が固まっていたので、照明室から出るに出られなかった」皆、集中していたのです。その事は私も思っていました、最後までそれこそ固まったまま。体や頭を所在なげに動かす人が徐々に多くなるのですが、それがほとんど皆無。おかげで私の方も最初の慌ただしさからうまく脱し、集中が朗読を終えるまで途切れることがありませんでした。途中アドリブで背にしている空の客席に向かって「ただの荒れ地」と叫びました。これは大きなホールの中に、小さな固まりとして舞台にいるという宇宙観を感じてもらおうと思ったのです。この“画期的なアドリブ”を、後で評価してくれる方はついぞいませんでした(残念)、でも私はニンマリ、この空間でしか味わえないものを感じたからです。朗読は聞き手と呼応する感じで最初からゆっくり読み進め、間も前回より長めに取りました。これは皆さんの気持ちがこちらに向かっていることが感じられたからです。外部の音も遮断され、先程のアドリブではありませんが、広い空間に小さな固まりというもの感じながらの朗読でした。言葉による感情移入を押さえ、間に感情を持っていくようにしました。ライトアップはホールの空の客席へ。果たして、それはどのように映ったのでしょうか?終了後、杪谷が「表現」について15分のレクチャーをして夏期講座の朗読会を締めくくりました。
59回公演
ギャラリー侘助
今回は、6月14日のギャラリー侘助での朗読を聞いて下さった愛知県日進市にお住まいの佐藤志万子さんが“お中元企画”として主催してくださいました。
本当はご自身の誕生日にということだったのですが、私の都合から今回となりました。
主催の佐藤さんはお仲間と、懇意にしている居酒屋さんで希望者を募り開催。この空間は、以前にもご紹介しましたように2階建ての日本家屋で、以前住んでいらしたところを改装してギャラリーとされたところです。
今回は4時開演ということもあり、借景の良いお庭をライトアップ出来ないことから、部屋にある80センチほどの壺にライトを仕込み、その上に緑を載せ下から煽るということにしました。前回は椅子席でしたが、今回は床に座布団を敷いて朗読を聞いていただくことになっていました。以前と同じくよしずの雨戸で庭を遮断し、その前に朗読の椅子を置くというスタイルにしました。
定時の4時に朗読を開始しました。暑さのせいか、最初の内は扇子を取り出す方などがいらしてざわついていたこともあり(暑さを配慮してエアコンはつけておきました)、長いと言われた導入部の曲も5分近く掛けてしまいました。杪谷も集中してもらうために、曲をかなりゆっくりと落としていきました。残念ながら私も集中できず、まずは集中するためにゆっくりと始めました。今回も途中でギャラリーの方が席を立たれたのが気になり、ちと気が逸れ、“おっと言葉がひとつ滑った”てなこともありました。徐々にテンポを上げていき、それほど気持ちを近づけずに朗読をしました。割にあっという間の40分という感じでした。アクシデントといえば18ページ目あたりを読み進む頃、突然の雷の音、それに風の音も加わり、まさに“自然音がたっぷり”といったところでした。
朗読が終わり、藍色をした壺から光がこぼれ植木を照らし出す中、私がよしずの雨戸を勢いよく開け、庭に出ました。その後、左手の庭の奥へ進み姿を消しました。よしずを全開にしたとき、一陣の風が部屋の中に入ってきたそうです。
朗読の後、私たちの片づけを待ち、車座になっての会食でした。12品も出る料理で、またまたギャラリーの洋子さんが採算を無視しての大判振る舞い、もちろん皆さんは大いに満腹、満足。因みに最後の料理は松茸ご飯。
さて、会食をしながら、皆さんより感想をいただきました。
「利害を持つ生活をしている自分のあり方に反省した」「一人一人はもろい存在であるが、ありようによっては凄い存在にもなるものなんだと思った(男性)」「この人といると心が落ち着く、の言葉を聞いて自分に取っては誰なんだろうと思った」「胎教に良かった」「よしずがあくと同時に、こころの扉も開いた」など多くの感想をいただきました。
このところ、朗読をするにあたって、どのように言葉を語っていけばよいかを考えています。勿論、空間や聞き手によっても大きく変化するものなのでしょうが、もう少し表現としての朗読を確立していきたいなあ・・・・と。