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29回公演
名古屋市
カトリック膳棚教会
今回の朗読会は、金森タイさんがクリスマスのプレゼントとして、開催されたものです。金森さんはここ数年、読書教室「なぁなぁの家」という子供たちに読み聞かせをする会を開いていらしゃいます。毎年子供たちにクリスマスのプレゼントとして童話を私費で送っていらしたのですが、今年は何か違うものをと思われていた矢先、先回「山の家」の朗読会にお見えになり、そこで朗読会と音楽会を「感謝の会」として開催することにされたそうです。
 私たちの朗読会場は礼拝堂です。ここへは小学校の高学年以上が参加するという形を取りました。ここの礼拝堂はまさに小学校の教室と同じような雰囲気を持ち、入って右手奥には神父さんの説教台が置かれ、その背後にイエス・キリストの磔像が壁に掛かっていました。朗読場所は入って正面、説教台からすると右側の壁沿いにしました。センターに木製の椅子を置き、横に照明を配し、私と対峙する形で、半円を描くように観客の椅子を並べてスタートしました。
 スタートは5時30分。その時主催の金森さんは、隣の部屋で入れなかった低学年の子供たちに読み聞かせをされていました。そういうことで会場をまとめる方がいらっしゃらず、携帯電話の消音の事も言わずにスタートし、結果そのつけがやって来ることになるのです。開演5分ぐらいのところでそれはやってきました朗読会の魔手が、そうです、携帯電話のコール音、私にとっては凍る音。その時の朗読の言葉が、ちょうど「男は口数が少なかった」。これ幸いに暫く沈黙でやり過ごしました。そのあと1人の女の子がお母さんに「この人うまいの?」と質問し、それを制止られ出ていきました。今までの朗読会で3人目の途中退場です。それにもめげず、さらに一番前左手の男子4人組の足の揺さぶりも物ともせず、ひたすらゴールを目指して進みました。そんな感じでラストを迎え、今回はエンヤの曲でエンドとしました。え?ライトアップですか、そう何度もやれますか?・・・とは思ったのですが、折角購入したライトなので、説教台の壁に掛かるキリスト像に、シャキーンと当てたのです。(ホントに好きですよね)でも皆さんには大きな感動を呼んだようです。その後、大沢さんが今回の朗読の趣旨といきさつを説明してくださいました。
 今回は子供たちが15人ほど(読み聞かせの会の子供たち)とその父兄たち合わせて43人でした。会場から退場されるときには、お送りする私に向かって「ありがとうございました」といいながら礼をされて帰られました。ちょっと感激しました。子供たちが多くどうなるかとも思いましたが、聞き慣れているせいか、静かに聞いてくれました。次回の会場「弧島」の沢田さんがお見えになられ、何度も読まれていたので、聞きながらも自分の中に余祐が生まれ、その余祐が作品の持つ真摯さと求心力をさらに味わわさせてくれたとおっしゃってみえました。実は今回、杪谷も私も風邪の真っ最中、熱が出る中の朗読、こんな事もあるなと思いながらの朗読でした。
30回公演
名古屋市
書肆・孤島
「書肆・孤島」は鈴木さんという方のお店で、鈴木さんご本人は、現在入院中です。
そう行った諸事情で今回の主催者沢田さんが全て任され運営していらっしゃいます。
 さてお店は間口3メートル程、入り口はお店がのぞけるようにガラス張りで、そのガラスを囲むように緑色の縁取りが施されている、一見フランスの本屋さん(私は行った事ないですが)と雰囲気です。入り口を入るとカウンターがあり、至る所本の山また山。その奥に5メートル×3メートル程の空間があり、さらに階段でつながる中二階があります。こちらは半分回廊でL字型になり、この二つの空間をギャラリーという形で利用されています。今回はこの二つの空間にお客さんを入れ一階から二階に上がるコーナーに椅子置き朗読空間としました。
 観客は25人限定だったのですが、最終には、40人と膨れあがりました。
 冬の寒い中、夜7時にスタート。主催者の沢田さんがオブジェの蝋燭の明かりを消し、その後暗転、私が二階の奥の小部屋から登場、観客の間をプロローグとして最初のフレーズを語りながら一階に下りて行きました。そして、下り階段のどん付きにある椅子に腰を下ろし45分間朗読をしました。
 さて、朗読をし始めて2〜3分、突然エ〜なんだ!です。まさか!と思ったらいたのです、朗読の敵、居眠り魔よりも恐ろしいやっかいな魔物、4才ぐらいの少女です。この少女が突然朗読者のお株を取るように、しゃべり始めたのです。それもアドリブ、当然即興です。もうこちらは、これはもう駄目だと覚悟。彼女のしゃべり止むのを待ちながら、あるいは、こちらから威圧的に言葉を重ねながら朗読を押し進めました。その恐怖の時間は40分、そして終了。彼女もまた、何事もなかったかのように同時にワンマンショーを終了。観客の皆さんの不完全燃焼が手に取るようでした。と思ったのですが、意外に反応は良く、45分がかなり短く感じられたとか、思った以上にイメージが拡がったとか、古本に囲まれ朗読を聞き、至福の一時を過ごしたとかと言った感想がありました。今回は意外に男性が多く、年輩で合唱をやっていらっしゃる方から20代前半の詩を書いている青年、本好きのお兄ちゃんなど、6人もいらっしゃいました。合唱をやっていらっしゃる年輩の方は、「最初の時の言葉と語り始めて暫くしたときの言葉の言葉尻が、2度違っていた、しかしその音が下がっても、そこでぴたっと止まっていたのが良かった」と感想を述べていました。若い青年たちは芸術を語りたいらしく、私に「言葉を発露するときには本の存在はどうなるのか」「科白を憶えて芝居をするときと朗読ではどうあり方が違うのか」と言った質問を投げかけました。私の方はおっ来たなと、それじゃと、おもむろにそこいらにあるワインをひっかけ応対しました。こういった質問にはお酒がないと駄目です、次第次第に暗くなるか、荒れるかしますから。そんなこんなでアドリブ少女に襲われながら、30回目の朗読会を終了しました。今回も主催者の沢田さんが頑張って下さいました。こういう方がいるおかげとまたまた感謝の言葉です。この朗読会はまさにこの言葉がいつも出てきます。ジオノさんに感謝(?)